火をテーマにした絵画というと、どんな作品を思いつくでしょうか?
戦争や火事の火ではなく、純粋に火を中心にもってきた絵画は、実はあまり多くないのかもしれません。
画家としての能力や技術も高いものが要求されるためなのかもしれませんが、火や炎を中心とした絵画には素晴らしい作品で、一度見るとその印象が鮮烈で、鮮やかな記憶として明確に残るものがあります。
キャンプファイヤーの火など、ずっとそれを見ていられるように、火の絵画も、素晴らしい作品は、いつまでも見ていられます。
絵画展などで鑑賞すると、その絵画の前で思わず立ち止まってしまい、時間を忘れて見入ってしまい、しばらくの間ボーっと見ていたというような、ちょっと怪しい魅力にあふれた作品が多いかもしれません。
今回は、そんな『火』をテーマにした、魅力的な作品を紹介したいと思います。
幼きイエスと父ヨセフを、暖かく照らす穏やかな蝋燭(ロウソク)の火
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作『大工の聖ヨセフ』(1640年頃)ルーヴル美術館所属
この絵画は、大工の聖父ヨセフの作業を、幼子イエスがロウソクの光で照らしているシーンです。
キリスト教がモチーフの宗教画なので、神の子で救世主のイエスの御心(みこころ)が、周囲を照らすという意味が、この絵画にはこめられているように思われます。
が、しかしながら、普通の親子の日常を描いた、心温まるような優しいロウソクの光として見ることもできます。
ラ・トゥールの描く『火』の絵画の特徴としては、暗い闇夜の中、ロウソクの火を炎として捉えて描くというよりは、ロウソクの火が照らす光としての側面を強く出しています。
従って、色は白っぽいハイライトで描き、その光が周りを照らすようなグラデーションで描かれています。
光と闇のコントラストの対比で、父ヨセフのシワの感じを見事に描き、一人の男が刻んできた年月も感じさせるような雰囲気を漂わせています。
ロウソクの炎の先が、時々、瞬いている雰囲気もきちんと描きこまれていて、思わず引き込まれてしまう絵画ですよね。
この絵画の作者ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(Georges de La Tour)は、17世紀前半に活躍したフランスの画家
キアロスクーロを得意としたため「夜の画家」とも呼ばれている。
(カラヴァッジョの影響を受けていると考えられている)
飛んで火にいる夏の虫、魅入られたのは蛾(ガ)だけでなく見ている鑑賞者も
速水御舟 作 『炎舞』(1925年) 山種美術館所蔵
なんともいえない雰囲気を醸(かも)し出している作品です。
作者の速水 御舟(はやみ ぎょしゅう)は、大正時代に活躍した画家で、40歳という若さで亡くなっています。
闇の中に描かれた一つの強烈な火(炎)を描いた絵画ですが、炎は伝統的な日本画の炎の形に倣(なら)って描かれていますが、その炎に魅入られたように舞う画や、炎によって生じた空気の渦の様なものは、西洋画の様に写実的に描かれています。
また、闇といっても単なるマットな黒ではなく、なんとも言えない様々な色味を含んだ闇の色になっています。
速水御舟いわく、「この色は、もう一度出せと言われても、二度と出せない色」なのだとか。
そこに舞う蛾(ガ)が、火の熱風をまといながら漂う姿が美しく、幻想的な雰囲気で描かれています。しかも、そのまとっている熱風の温度や風の強さまでが、こちらに伝わってくるような、ただ美しいだけでも、ただ幻想的だけでもない妙なリアルさが感じとれる絵です。
炎が作り出すカルマン渦も、これでもかというほど表現されていて、この絵を見ていると、縄文土器の有名な火焔型土器を思い出します。
縄文人も、火が作り出すカルマン渦に魅入られて、それを土器に表現したのかもしれません。
速水御舟も、このカルマン渦と、それに巻き込まれ、まるで舞っているかのような蛾(ガ)を描きたくて、この絵を描いたように思われます。
まとめ
『大工の聖ヨセフ』
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作
1640年頃
ルーヴル美術館所蔵
キアロスクーロ(明暗の対比)を印象的に使った作品
ロウソクの火を効果的に使い、宗教的な神々しさと、親子の日常の温かみのある絵としても鑑賞ができる作品。
『炎舞』
速水御舟 作
1925年
山種美術館所蔵
炎そのものは、日本の古来の炎の造形で描くが、そこから出るカルマン渦や蛾(ガ)などは、写実的に西洋美術風に描かれている。
対比となる闇を、黒とせずに熱や空気感も感じさせるような、色合いになっている。
あとがき
速水御舟(はやみ ぎょしゅう)の炎舞は、何度か見たことがありますが、その存在感はいつ見ても感動します。
その時、購入した速水御舟の本では、この絵に描かれている蛾(ガ)は、正面からデッサンしたものを使っているため、全てが綺麗に正面から描かれているという、現実にはありえない構図になっていると記載されていました。
それにも関わらず、優雅に舞っているように見えるところが画家の技量の高さということなのかもしれませんが、写実的には描いていても、基本的には、炎の形に現れているように、日本画の、ちょっとした作り物っぽさを表現しているということなのかもしれません。
個人的には、この炎舞は「火」と「空気」の融合を描いたのではないかと思っています。
そこに、絵画的な手法として、日本的なものと西洋的なものも融合させているように見て取れます。
速水 御舟(はやみ ぎょしゅう)の中には、日本画とか西洋画とかいう枠組みでカテゴリー化するのではなく、描きたい表現を、そのカテゴリー関係なしに取り組んでいた稀有な画家の様に思えます。
「火」と「空気」の融合を描くために、モチーフとしても技術としても、過不足なく描きこんだ絵画が、この『炎舞』であるように思えるのです。
ラトゥールの絵画は、子供の頃から好きで、いつか見たいと思っていて、いまだに叶っていないものの一つです。
個人的には、この絵の父ヨセフの瞳の輝きから、おでこのシワのところまでの表現が、とても魅了されます。宗教的というよりは、子供や孫を見つめる様な姿が、哀愁を帯びていてなんともいえません。
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