四字熟語の中で、かっこいい!といえるものを厳選!無為自然・上善如水・無用之用



今回のかっこいい四字熟語は、老子と荘子、いわゆる老荘思想から選んでみました。

ちょっと本当の四字熟語かどうかは、あやしいものもありますが、とりあえず四つの漢字で構成されている熟語ということで、ピックアップしました。

今回は、老荘思想の言葉の中でも、その神髄とも言える、奥の深い意味合いがあります。
座右の銘としても、本当の意味でかっこいいものと言えるでしょう。

無為自然(むいしぜん)

老荘思想の教えを一言で表せとなれば、やはりこの一言なのでしょう。 まずは、その意味から見ていきましょう。

むい‐しぜん〔ムヰ‐〕【無為自然】

作為がなく、自然のままであること。
「無為」「自然」は共に「老子」にみられる語で、老子は、ことさらに知や欲をはたらかせず、自然に生きることをよしとした。

【出典:デジタル大辞泉 小学館】

人間の愚かで浅はかな考えが、自然をゆがめ、そして害を成すことになる。作為から離れて、自然の摂理に沿った生き方、そういったものこそ人間の生き方として最高の境地だということを教えています。

人間のこざかしい考えを荘子では、「渾沌(こんとん」という話でも、表している。

渾沌(こんとん)の死 
南海の帝と北海の帝は、中央の帝である「渾沌(こんとん)」の領地で会合を行った。そのたびに、「渾沌(こんとん)」から手厚いもてなしを受けていた。

中央の帝「渾沌(こんとん)」は、目、耳、鼻、口という7つの孔(あな)が無い。

そこで、南海の帝と北海の帝は、普段のおもてなしのお礼にと、顔に我々と同じ様に7つの孔(あな)を開けて差し上げよう、さすれば、我々と同じく、見たり、聞いたり、息をしたり、食べることができると考えた。

話が決まると、南海の帝と北海の帝は、一日にひとつずつ孔(あな)を開けていった、そして、七日目最後の孔(あな)を開けたところ、混沌(こんとん)は亡くなってしまった。

 上善如水(じょうぜんみずのごとし)

この言葉は、日本酒の銘にもなっていて、知っている人もおおいのではないでしょうか?

これは老子が人間の生き方を説いたもので、理想は水といった内容です。

上善(じょうぜん)水(みず)の如(ごと)し の解説

《「老子」8章から》最高の善は水のようなものである。万物に利益をあたえながらも、他と争わず器に従って形を変え、自らは低い位置に身を置くという水の性質を、最高の善のたとえとしたことば。

【出典:デジタル大辞泉 小学館】

「上善(じょうぜん)」というのは、最も理想的な生き方を表した言葉。上善を目指すのであれば、水の特徴を知り、そこから学べということを言っています。

水の特徴 
 一、柔軟である
四角い器であろうが、丸であろうが、その形に逆らわずぴったりと沿う。
 二、謙虚である
自分を低いところに身を置くのを、多くの人は嫌がるが、水は、迷うことなく低いところへ向かって流れる。自分の地位を誇示したりせず、ひたすらに謙虚な姿勢をつなく。

 三、力がある
水は時として、岩をも穿(うが)つほどの力を秘めていて、また洪水ともなれば、一気に押し流すパワーがある。

人間にも、この水の様に柔軟で、謙虚で、そしてしっかりとした力を持っていれば、理想の生き方(上善)に近づけると老子は説いている。   

水の様に柔軟で、謙虚で、そして力がある。
その中でも、特に、柔軟に何にでも形を沿わせてしまうというところは、人生に起きる様々なことに対して、恐れや不安で心を懲り固めてしまうのではなく、楽しみながら柔軟に対処していくことが出来るのであれば、人生は本当に豊かなものに変わっていくのでしょう。

 無用の用(むようのよう)

これも、無為自然と通じるものがあります。
人間の考えなど愚かでしかないといった内容です。

まずは、その意味を見てみましょう。

役に立たないとされているものが、活用しだいでりっぱに役立ったり、また、重要な役割を果たしたりすること。

[注釈]「不用の用」ともいう。
[出典]『荘子(そうじ)』内篇・人間世(じんかんせい)
[英語例]Everything is good for something. (どんなものもなにかの役に立つ)

【出典:広辞苑】

ここでいう、無用とは人間が考えた無用のこと。
愚かで浅はかな考えしか持たない人間が「無用」つまりは役に立たないなどどいうものは、全くあてにならず、実は重要な役割を果たすということ。


無用の用(荘子) 
   荘子に向かって次の様に言う男がいた。

「あなたの考えは、空理空論で現実世界においては、全く役に立たないのでないか?」

 それに対して、荘子は次の様に答える。

「無用がどういうものかを知っている人間だけが、有用なものについて語る資格を持っているのです。

 例えば、今我々が立っているこの大地は限りなく広いが、立つのに必要なのは、この足を置くスペースだけだ。

しかし、だからといってこの足の部分の大地だけを残して、他の地面を取り除いてしまったら、どうなるだろうか。

無用なるものこそ、真に有用であることがわかるだろう」

あとがき

今回の言葉は、老荘思想からピックアップしました。
意味が深くて、ちょっと考えさせられる、そんな四字熟語でもありますが、こんな言葉を自分の座右の銘とできたならば、そして、こういった言葉を大事に生きているとしたら、それこそかっこいいですよね。

ソクラテスの無知の知という言葉、実に、この老子や荘子の思想とリンクするところがあります。
実際、無知の知という項目が、荘子の応帝王(おうていおう)の中にあります。

水の様に柔軟に、そして、浅はかな考えでこざかしく生きるのではなく、ただただ謙虚に、そして、ここぞという時は力を発揮する、そういうものに私ハナリタイ…(笑)



  

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