ゴッホの名画『星月夜(ほしづきよ)』 彼に見えていたものとは、一体何だったのか?


 


ゴッホの作品というと、「ひまわり」「アルルの跳ね橋」をはじめ、いつくも有名なものがあります。
『星月夜』も、間違いなくその中の一つでしょう。



ゴッホ独特のスタイル、絵具を、まるで立体彫刻の様に厚塗りして作られた作品、絵の存在感は抜群です。

この厚塗りには、実はゴッホは狙っていたのか、それとも意図せずなのかは分かりませんが、意外な効果もありました。
詳しくは、本編で説明します。

ゴッホは、絵画史的な分類でいけば、『ポスト印象派』は入るのでしょうが、最終的なゴッホの画風は全くのオリジナルで、点描でもないし、印象派に見られる、原色をキャンバスに置き、鑑賞者の目で混ぜ合わさって見える様な筆触分割(ひっしょくぶんかつ)でもありません。

この絵には、どこか、とらえどころのなさも感じます。

今回は、ゴッホの星月夜をとりあげて、ゴッホが、どの様に世界を見ていたのか?
そんなところまで、踏み込んでみたいと思います。

ゴッホの星月夜(ほしづきよ)

改めて、作品を見てみましょう。

どうですか?  どんな印象を、この絵から受けますか?

まずは、この絵に関する基本情報から。

 

作者:
 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ (オランダの画家)


作画時期:
 1889年6月 
  ※ フランスの修道院の精神病院で療養中に作画

所蔵:
 ニューヨーク近代美術館(MoMA)

ゴッホは、1890年7月に亡くなっていますので、その1年前の絵ということになります。
ゴッホは晩年に近づくと、糸杉をよく描きます

ゴッホの画風は、最初は暗い感じの絵柄から始まり、印象派の明るさを取り入れ、そして点描も少し取り入れたりしています。

更に、浮世絵などの影響も強く受け、背景の色にこだわったりしています。更に、晩年のサン・レミ滞在時には、渦をまくような、まさしく星月夜の様なスタイルに変わっていっています。

そのことは、彼が題材として気に入り、多くの作品を残した、自画像からも見てとれます。(お金が無いから、自画像を描くしかなかったとも言われています)

ゴッホ 自画像 (画風の変化)


暗い画風の自画像


印象派的な筆触分割の明るい自画像


点描風に描いた自画像


アルル時代


サン・レミ時代

同じ肖像画でも、これだけ変わってきているんです。

ゴッホの星月夜は、この最後のサン・レミ時代の絵ということになります。

さて、前書きでも述べましたが、ゴッホの絵はどんどん厚塗りになっているのですが、これには嬉しい効果があって、この厚塗りのおかげで色の発色が落ちないんだそうです。

ゴッホの絵は、是非実物を見てください。
写真とは、まるで違います!

星月夜のアトリビュート
(モチーフに注目!)

星月夜を見ると、渦巻く星空に、存在感のある糸杉がよろめきならが立っていますが、この糸杉がゴッホ自身を表していると言われています。
また、糸杉という題材は、ヨーロッパでは「永遠の命」や「」を意味するアトリビュートとして認識されていますが、その事と関連づけて、ゴッホは自らの命と重ね合わせて描いていると言われているのです。

ゴッホの他の絵で、「ひまわり」に代表するような黄色」はゴッホ自身が幸せな時に使う色だと言われています

さらに、ひまわりでいえば、必ず枯れた花も描き入れるのは、古典的な西洋絵画(特にキリスト教関連)ではおなじみの、メメントモリ(死をわすれるな)を表していて、生のはかなさ、もののあはれを表現しているのだという説も…

ただ、これはあくまで個人的な意見ですが、どうも、ゴッホって、そういうアトリビュートで絵画に意味を込めるという事に、まるで興味が無かったのではないかと思えてなりません。

バルビゾン派のジャン・フランソワ・ミレーの絵が大好きで、それを真似てみたり、日本の浮世絵がブームになると、ただそれを取り入れたりと、印象派や点描にしても、あまりそのモチーフが意味することに、こだわって描くようなタイプの画家には思えません。

余談  (気になるウワサ) 
モチーフで気になるのが、一つだけあります。

それは、ゴッホは精神的に苦しい時に必ずといっていいほど「穴を掘る人」を描くというのです。

これは、日本の先生が指摘されていることのようです。
時間がある時にでも、調べてみたいと思っています。

ゴッホの星月夜の印象

この絵の印象を聞かれると、皆さんは、どう答えるでしょうか?
私は、ダイナミックで素敵な絵画と答えてしまいます。
更には、ゴッホの内面が描かせた絵などと、いかにもな回答をしてしまいます。

すでに、この絵が、あの有名なゴッホという画家の名画!というレッテルが周知の事実として張られているので、それを通して絵を見てしまいます。

ゴッホを知らない小学生の子供に、この絵の印象を聞くと、その評価は「絵がヘタすぎ」とか「暗いし怖い」とか、「台風が来てる」というものまで、誰も、全く褒めません……  いや、子供は正直で怖い(笑)

更に、手前にある糸杉を、これって何だと思う?
と聞くと、誰も木だとは思わないようで、「黒い炎」だとか「これは、イソギンチャクで、ここは海の中」といった回答。

確かに、日本では糸杉は、あまり木として見かけないから、このシルエットに見える描写から、木を連想するのは無理な話なのかもしれません。

でも、この子供の意見って、実は、意外と本質をついているのではないかと思います。

『暗い、怖い、黒い炎』 って、何かゴッホの心象風景を言い表してるような気もします。また、『絵がヘタすぎ、台風、海の中』などは、遠近法重視の構図のしっかりした絵ではなく、絵全体が揺らいでいる様な印象を伝えている雰囲気をとらえている表現なのだと思います。

ゴッホは見たままを描いた画家?

ゴッホは見たままのものを描いた画家だと主張する研究者がいます。
事実、この渦巻くようなスタイルが確立したのは、ゴッホがサン・レミの精神病院に入ってからです。

ゴッホの精神的な内面を現したというよりは、ゴッホの精神的な状態が、絵の対象物をゴッホの目にあの様に映していたというのです。

一説には、ゴッホが「めまい」を起こしているのでは?
メニエール病説まであるんですよね。

私自身は、今まで「めまい」を起こしたことは数えるほどしかありません。しかも全て室内で、しかも昼間だったので、めまいのある状態で夜空を見た経験はありません。

だから、はっきりとは言い切れませんが、もしも、あのめまいの状態で、満天の星空を見上げたら、と、想像すると、たしかに、なんとなく分かる気もします。

しかしながら、本当にめまいを起こしていたら、絵を描くどころか、まるで集中できません。
まして、歩いて戸外に写生なんて、とんでもない話です。

この絵の揺らぎ、渦の様なものを、ゴッホが見ているとしたら、何を見ていたのか?

様々な説がありますが、事実は謎です。

私、個人としては、あれは「空気」や「」そのものではないかという気がします。

糸杉は、実物を見ると、本当にまるで生き物の様に感じられるものがあります。少し風が吹くと、それぞれの枝が複雑に動いて、うごめいているような、まるで生き物の様な感じになります。
(だから、子供が イソギンチャクと答えるのは、納得なのです!)

ゴッホの糸杉は、どれをとっても、本当に迫力があります。
間近で見ると、厚塗りが、まるで彫刻の要素も入ってきて、何かやばいものを見てしまったような、くらくらした感じがします。

あの、うごめく感じは、写真の様に描いたのでは出てこないのでしょう。ゴッホの絵には何かターナーに通じるような、動きや時間といったものが、取り入れられている気がします。

“Tempête de Neige” exposé en 1842 de J.W. Turner
Snow Storm – Steam-Boat off a Harbour’s Mouth making Signals in Shallow Water, and going by the Lead

  静止している絵なのに、まるで動画の様に感じることができます。

もっとも、ゴッホが意図的に、時間や空気感を表現しようとしたのではないのかもしれません。
それが、病気のせいだったのかもしれませんが、それでも、感じたものを、表現した結果がこうであることには変わりがありません。

あとがき

昔、ゴッホの星月夜が好きだったので、ジグソーパズルを買って、しばらく部屋に飾っていたのですが、すぐに外すことになりました。


なんだか、この絵が部屋にずっとあると疲れてしまうんです(笑)

ただ、そんなゴッホの絵の中で、ぜひ飾りたいと思う絵が、実はロンドンのナショナルギャラリーにあるんです。



このカニと背景のシアン色の対比が、とても素晴らしくて、隣に飾ってあった「ひまわり」そっちのけで、しばらく眺めていたことを思い出します。

 

  

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