18世紀スペインの宮廷画家フランシスコ・デ・ゴヤの、この作品をご存知でしょうか?
一度見ると絶対に忘れられない、強烈な暗いタッチの絵画、そして、そのタイトル。
これは、スペイン マドリードのプラド美術館に飾られている、 縦146 × 横83 cm のサイズの油絵です。
この強烈な絵画は、例えば実際に当時あった事件とかを元に作られたとか、そういうことではありません。
そもそも、人間ではないので安心してください(笑)
題材は、ギリシャ神話に出てくる話で、サトゥルヌスというのは、その中に登場する神様です。
日本では、普段の生活の中で、ギリシャ神話にまつわるものが無く、あまり馴染みがないかもしれませんが、ヨーロッパでは様々なところで、ギリシャ神話のモチーフが使用されています。
ちょっとギリシャ神話を知っている人であれば、この絵柄を見ただけで、あるいはタイトルを聞いただけでピンとくる内容なんです。
今回は、そんなサトゥルヌスについて、なるべく分かりやすくお伝えしていきたいと思います。
ギリシャ神話に登場するサトゥルヌス(クロノス)の話
もう一度、大きい画面で見てみてください。
鬼気迫る感じの表現がすばらしいですよね。
このサトゥルヌスは、ギリシャ神話でいうところのクロノスで、あのギリシャ神話の最高神ゼウスの父にあたる存在です。
ギリシャ神話に登場する神々には、大別すると、ゼウスを中心とするオリュンポス神と、巨神族のティターン(タイタン)神とに分かれます。
クロノスは、この巨神族ティターン神の長なんです。
クロノスが父親であるウラヌスを追放し自らが長にとって代わったのですが、彼は自分が父にしたことと同じ様に、今度は自分の子供に、その座を奪われるという予言を受けたために、子供が生まれるたびに取り上げては、飲み込んでしまいました。
ゼウスの母であるレアは、子供が生まれると夫であるクロノスに取り上げられてしまうため、最後に産んだゼウスは隠し、産着でくるんだ石を変わりにクロノスに飲み込ませると、クレタ島で密かに育てさせました。
やがて大きくなった、ゼウスがクロノスに対峙し、飲み込んでいた先の兄弟を吐き出させると、兄弟と力を合わせてクロノスを中心とするティターン神族を倒します。
ちなみに、クロノスに飲み込まれた子供は次のとおり
・炉の女神ヘスティア
・豊穣の女神デメテル
・結婚と出産の女神ヘラ
・冥界の神ハーデス
・海神ポセイドン
これらの神々は、後にオリュンポス神の中心となる神々ばかりです。
サトゥルヌスというなんとも読みにくい名前ですが、これはローマ神話に登場する名前です。
ローマ神話というのは、ギリシャ神話の話をとりこんで神々を名前で対応させて同一化をしています。
つまり、サトゥルヌスは、義理や神話ではクロノス、そして、サトゥルヌスの英語読みがサターンになります。
太陽系の惑星は、ローマ神話の英語読みで表現さています。
それについては、以下の記事を参照してください。
同じ題材で、オランダの巨匠ルーベンスも描いていた
実は、ゴヤの描いた『我が子をくらうサトゥルヌス』という題材は、16世紀の巨匠ルーベンスによっても描かれています。
一説では、ゴヤはルーベンスの、この絵に影響を受けて、作品を作成したともいわれています。
この2枚は比較すると非常に面白い違いがわかります。
ルーベンスの方は、この絵がサトゥルヌスだと、鑑賞者がすぐに分かるようなもの(アトリビュート)があります。
まず、右手に大鎌を持っていますが、これはサトゥルヌス(クロノス)の武器である、万物を切り裂くアダマスの鎌です。
また、頭上に輝く3つの星は、土星(サターン)を表しています。
これは、当時ガリレオが土星を発見した時、まだ輪としては確認がされていなかったため、この様なものとして表されていたためです。
ルーベンスの絵画は、こういったアトリビュートをちりばめさせるだけでなく、ギリシャ神話のシーンを真に迫るようなタッチで描いています。
それに比べると、ゴヤの方は、明確なアトリビュートはなく、何か、サトゥルヌスの内面の狂気じみた暗さを描こうとしているようにも思えます。
アトリビュートが無いだけでなく、これがタイトルでサトゥルヌスと分からなければ、子供なのかどうかもわからないような描き方をしています。
権力者が、その権力を奪われるのではないかと、狂気じみた行動をとった人間の愚かな暗さを、普遍的なものとして描いているようにも思えます。
まとめ
我が子をくらうサトゥルヌス(ゴヤ作)
サトゥルヌスは、ギリシャ神話に登場するティターン神の長
クロノスこと。
・ギリシャ神話:クロノス
・ローマ神話:サトゥルヌス(ローマ語) サターン(英語)
父であるウラヌスを追放した、クロノスは、自分も子供から追放されるとの予言を受け、子供を飲み込んだ。
妻のレアは、ゼウスを産んだ時、夫クロノスに子供をのみこまれないように石でごまかし、隠して育てた。
やがて、その子が飲み込んだ兄弟たちを助け、そして父を含めたティターン神を打ち破る。
(オリュンポス神の誕生)
ゴヤより前に、ルーベンスが描いている
16世紀のオランダの巨匠ルーベンスが、同じ題材で描いているが、ゴヤの作品と比較すると、ギリシャ神話であることが、分かるモチーフ(アトリビュート)が使われている。
ゴヤの方は、ギリシャ神話のシーンを切り取るというより、何か人間の持つ内面の暗さを象徴的に描いたように思われる。
あとがき
この絵は、本物をプラド美術館で探し回って、ようやく見つけた記憶があります。
その時は、同じ題材の、ルーベンスの絵もプラド美術館にあるということを知らず、見逃してしまいました(泣)
是非、比較して見てみたかった…
実際にプラド美術館に行くまでは、ゴヤの絵をそれほど見たことが無くて、どちらかというとベラスケスの絵に興味があったのですが、実物を鑑賞していると、ゴヤの絵画に目が釘付けになる感じで、思わず見入ってしまう不思議な力のある絵です。
この絵の前にも、数分はたたずんでいたと思います。
なんていうか、時代性みたいなものは、もちろん描きこんでいるんだとは思いますが、このサトゥルヌスの様に、時代を超越した哲学的なテーマの様なものが、作品に盛り込まれていて、自分の心に刺さってくる感じがすごくするんですよね。
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