四字熟語の中で、かっこいい!といえるものを厳選!一期一会・永劫回帰・塞翁失馬



四字熟語の中から、座右の銘にしたいような、かっこいいものを厳選しているシリーズです。

かっこいい四字熟語シリーズのには以下のものもあります。まだ見ていない方は、もしよければ見てみてください

四字熟語 かっこいい!猪突猛進,・呉越同舟・臥薪嘗胆

四字熟語 かっこいい!点滴穿石・不撓不屈・朝三暮四 

四字熟語 かっこいい!明鏡止水・知崇礼卑・啐啄同時

あまたある四字熟語の中から、これは!という、かっこいいものを厳選して、今回もお届けします!

一期一会(いちごいちえ)

四字熟語界があるとしたら、この言葉はかっこいいスーパースター的な存在でしょう。

千利休

この四字熟語の由来は、茶道でおなじみの千利休の弟子で山上 宗二 やまのうえ そうじ の「山上宗二記」に利休の語った言葉として記されています。

一生に一度だけの機会。生涯に一度限りであること。生涯に一回しかないと考えて、そのことに専念する意。
もと茶道の心得を表した語で、どの茶会でも一生に一度のものと心得て、主客ともに誠意を尽くすべきことをいう。

【出典:三省堂 新明解四字熟語事典より抜粋】

大老・井伊直弼

実際にこの四字熟語として使用したのは、あの幕末の桜田門外の変の大老 井伊直弼です。
この人、安政の大獄の圧政により桜田門外の変で襲撃されている印象しかないかもしれませんが、茶人として超がつく優秀な人でした。

そんな井伊直弼が書き記した「茶湯一会集」の巻頭にこの四字熟語が使われました。

千利休が映画やドラマで描かれる場合、どうしても豊臣秀吉との関係性にこだわるあまり、安土桃山時代ばかりがクローズアップされるため、やや世の中が平和を取り戻しつつある時代で描かれてしまいます。
しかし、利休が自身の茶道を模索している段階では、まだまだ戦国時代。戦に向かう武士に対して一服の茶を点てていた時代。
一期一会は、本当にリアルにそういう状況だったのだと言えます。

現代においては、この一期一会の精神性が茶道以外のものにも広がり、人に限らず色んな物や出来事に対しても、とられるようになっています。
究極的には、いまこの一瞬の時との出会いすら一生に一度なのだから、今この一瞬を大事に生ききるという事にもつながっています。

永劫回帰(えいごうかいき)

先の四字熟語「一期一会」の最後にも書いた、今この一瞬一瞬を大切に生きるという意味を直接的に描いた四字熟語がこの「永劫回帰」です。 

宇宙は永遠に循環運動を繰り返すものであるから、人間は今の一瞬一瞬を大切に生きるべきであるとする思想。生の絶対的肯定を説くニーチェ哲学の根本思想。

【出典:三省堂 新明解四字熟語事典より抜粋】

ドイツの哲学者ニーチェの言葉を四字熟語にしたものですね。
ニーチェの著作「ツァラトゥストラ」に書かれている考えです。

ニーチェは、人類は共通の目的を持っていて、それに向かって進歩するという、哲学者ヘーゲルの考え方  または、キリスト教的な考え方を否定しました。

人間も物も全て物質で構成されているのだから、やがてそれが分解され、また再構成されてということを永遠に繰り返すだけだと考えたのです。

前者が人類共通の目的というゴールに向かって進歩するという直線的な変化に対し、ただ、円環運動する中で時間の変化だけがあるという世界です。

山に例えて、簡単に言うと…

ヘーゲル・キリスト教 
   人類共通の目的を目指して、進歩していく。
   山の頂上を目指して登っていく(景色はどんどん変わっていく)

対して、ニーチェさんは…

ニーチェ 

  人類共通の目的などなく、人は同じことを繰り返している。
 山の周囲を、いつまでもぐるぐる回っている(同じ景色の繰り返し)

それでは、ただ無意味にダラダラと生きるしかないと考えてしまうのですが(ニヒリズム)、ニーチェは、キリスト教的な人類共通の目的といった価値観とは違う新たな価値観を生み出す人(超人)となり、自らの価値観に従い、一瞬一瞬を大切にして生きていくべきと考えました。

キリスト教の思想で動いていた、当時の時代背景がわからないと飲み込みにくい考えですが、簡単に言うと次のようなことになります。

どうせ人生に特別な意味や価値なんてものはないし、同じことの繰り返しなんだから、初めから、周りの価値観に合わせて、こうあるべきなんて決めつけないで、今を大事にして色んな事に挑戦!

人生嫌なことがあっても、どうせ人なんて円環の上をぐるぐる回ってる存在なんだから、それだったらやった者勝ち!と開き直り、そして、自分の価値観を大事にして今この一瞬を大事にして生きる。

この四字熟語はそんな、かっこいい生き方を植え付けてくれる座右の銘なのです。

塞翁失馬(さいおうしつば)

この四字熟語は、准南子(えなんじ)という中国の思想書の人間訓という巻に収められている「人間万事塞翁が馬」の四字熟語です。

幸いが転じて禍わざわいになったり、不幸と思ったことが幸いになること。
人生の幸不幸は、後になってみなければわからないということ。
また、いたずらに喜んだり悲しんだりするべきではないということ。


【出典:学研 四字熟語事典より】

これは、以下の様な物語です。

昔、北の辺境に住む老人(塞翁)がいて馬を飼っていた。
しかし、ある時、その馬が逃げ出してしまい、周囲の人々は老人を気の毒に思っていたが、当の本人は「そのうち、良いことも起こるさ」と気にもとめていない様子。

しばらくすると、逃げた馬が戻ってきたのだが、なんと毛並みの良い駿馬を連れて帰ってきた。

思いがけない幸運に、周囲の者は皆、お祝いの言葉を老人にかけた。
しかし、老人は「この幸いが不幸のもとになるかもしれない」とあまり喜んでいる感じがしない。

連れてきた駿馬に、老人の息子が乗っていた時に、誤って馬から落ちて足の骨を折るという大けがをしてしまった。
周囲の人は、「あの馬さえ来なければ」と同情したが、老人は「このことが、良いことにつながらないとも限らない」とあっけらかんとしたもの。

しばらくして、戦争となり若者のほとんどが徴兵され戦士してしまったが、老人の息子は足のケガにより戦争に行かずに済んだ。

人の幸・不幸って人間にはわかりませんよね。
お金があれば幸福、無ければ不幸かというとそういう問題でもありませんし、友達が多ければ幸せかというと、これもまたそういう問題ではありません。


つらい体験が、後々訳にたったり、なんでこんな大変な思いを…ということさえ人生の最後に振り返ったら、最も良き人生の出来事だったりするのかもしれません。

何が良いことなのか、人間の人智を超えているのだから、一喜一憂せず、そして、どうせ何が起きるのかも分からないのだから、むやみやたらに不安がるのではなく、この塞翁のように淡々と、目の前のことに力を尽くしなさい。

そんなことをこの四字熟語は語りかけてくれる気がして、とてもかっこいいな~と、いつも思うんです。

あとがき

今回は、かっこいい四字熟語シリーズの第2弾でした。
あくまで、私の主観でかっこいいという判断をしていますが、改めて、こうやって見てみると
『今この時を大事にして淡々と、よどみなく力を尽くしなさい』
という言葉が、好きな言葉なんだな~と思いました。

出来ているのか?と自分に問うと、これが、全くできていないので困ったものですが…(笑)

四字熟語ではないのですが、而今(じこん/にこん)という言葉も好きですね。
意味は、「今この時(この瞬間)」という意味で、過去は既に消えて、未来は来る保障はどこにもなく、あるのは今この瞬間ということ。
そう思うと、今この時を本当に大事に生きないと、と思うだけは思うのですが…うーん、凡人はつらいよ(泣)

 

  

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