ルネサンスの絵画というと、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ・ブオナローティー、ラファエロ・サンティ という三大巨匠が有名ですが、ボッティチェリ(サンドロ・ボッティチェリ)という画家も、ルネサンス絵画を代表する一人です。
名画も多数残っていますが、その代表作が『プリマヴェーラ(春)』と『ヴィーナス誕生』
特に、ヴィーナス誕生という絵画は、美術の教科書に載っているだけでなく、現代でもファッションのアイコンとなっていて、イタリアの10セント硬貨にも使われていたり、様々な形で目にすることがあるのではないかと思います。
今まで、ルネサンスの絵画としてダ・ヴィンチ・ミケランジェロ・ラファエロの三大巨匠はとりあげていましたが、やはりボッティチェリをとりあげずして、ルネサンス絵画は語れない気がしています。
ルネサンスとは一体何か?ということに迫ると、やはりボッティチェリは外せない一人です。
今回は、そんなボッティチェリについて、特に『ヴィーナスの誕生』を中心に、とりあげたいと思います。
ルネサンス(再生・復興)とは、何を再生・復興したのか?
ルネサンスという言葉は、フランス語で「再生・復興」を意味する言葉ですが、では、一体何を再生・復興したのか?
ルネサンス絵画においては、ダ・ヴィンチのスフマート(ぼかし表現)、遠近法や安定した構図など、立体感を伴った絵画の技法などが展開されたことは、技術的な絵画の表現ではルネサンスの特徴として挙げられます。
しかし、大事なのは、そういった技法を用いて、この時代の画家達が描こうした、再生しようとしたもの、復興させようしたものが何であったのか? だと思います。
この時代、再生・復興しようとしたものとは…
古代ギリシャやローマ文明 です。
この時代14世紀から15世紀にかけては、キリスト教による教えが支配をしていた時代。
禁欲的で抑圧的な生活を人々は強いられてきました。
古代ギリシャの彫刻や、古代ローマの絵画など、様々な人間が生き生きと表現されている、その事が一気に花開いた時代が、このルネサンス期ということになります。
でも、古代ギリシャ・ローマの復興といっても、その生き生きとした技法は活かされているものの、実際に描かれた絵画といえば、「最後の晩餐」「最後の審判」「小椅子の聖母」等、キリスト教(聖書)に関するものばかりです。
キリスト教世界なので、スポンサーが教皇を始めとして教会関係なので、当然といえば当然なのです。
しかし、そんな中にあって、古代ギリシャの復興を分かりやすい形で表現されている絵画が、まさしくボッティチェリの『ヴィーナス誕生』でしょう。
それでは、『ヴィーナス誕生』を詳しく見ていきましょう。
『ヴィーナス誕生』古代ギリシャ文化の風を感じる名画
この名画、イタリアのフィレンツェのウフィツィ美術館にあります。
この絵を見るためだけに、フィレンツェを訪れる人もいるくらい、名画中の名画と言えるでしょう。
絵画の内容を簡単に説明すると、女神ヴィーナスは、海の泡から誕生し(何から誕生したかは、実は衝撃の事実があるのですが…それは、本稿とは関係がないので、また別の機会に…)、貝殻を船にして、風に運ばれ、陸地にたどりついた瞬間を描いたものです。
なので、正確に言えば、本来は『ヴィーナス誕生』ではなく、『ヴィーナス登場』でしょうか(笑)
画面の左端の男が、西風の神ゼフィロスで、ヴィーナスを運ぶ風を吹いています。
そして、そのゼフィロスと一緒にいるのが、その妻の花の女神フローラが花をヴィーナスにまいて祝福しています。
この花、割としっかりと描きこまれているのですが、実は何の花なのかはわかっていません。
薔薇(バラ)という説や、いずれにしても春の花だというのが有力な説です。
そして、陸地にだとりついたヴィーナスを衣でくるもうとしているのが、季節と秩序を守る、時の女神ホーラです。
愛と美の女神、ヴィーナスを、神々が祝福している様子が描かれた見事な作品です。
似た様な花で、平べったいけど薔薇(バラ)の様な似た花はえがかれているが、ヴィーナス誕生の方は、花の中心に「めしべ」の箇所がしっかりと丸い形で描かれています。
構図も柔らかい半円をイメージされていて、貝殻の半円と、そして、画面の左端にある植物から、ゼフィロス、フローラが形作る曲線、フローラのまいた花も曲線を描いています。
そして、ゼフィロスの吹く風によって、結構激しく揺れ動くヴィーナスの髪の毛、そして、その延長線上に、ホーラの腕と衣、さらにホーラの髪へとながり、また、ホーラの後ろにある樹木も、その濃い色の葉をつけた枝が曲線を描いています。
つまり、貝殻の半円から、大きな円へと拡大する構図が、ヴィーナスの誕生という言葉の特徴をより際立たせる効果があるのではないかと思います。
それにしても、この風を感じさせる表現は本当に見事です。
『ヴィーナスの誕生』は、ルネサンス絵画として奇跡的な誕生?
このヴィーナスの体に注目してください、直立不動ではありませんよね。この美しさを強調しているのが、その少しS字をとった体にあります。
これって、ギリシャ彫刻の特徴なんです。
ルーブル美術館にある、あの「ミロのヴィーナス」も少し体をS字にしていますよね。
ちなみに、ミロのヴィーナスは1820年にミロス島で発見されていますので、15世紀初頭に活躍していたボッティチェリは見ていません。
キリスト教の支配する時代の真っ只中、聖書ではないギリシャ神話は、異教徒の話です、その女神を描くことは、ルネサンス以前には当然できないことでした。
また、ルネサンス以前の絵画は、官能的な裸体の絵画を描くことは不道徳として許されませんでした。
唯一、許されるとしたら、それはイエス・キリストの誕生(赤ちゃん)や磔刑(十字架に貼り付け)のみで、それは神聖なものだからです。
では、なぜ、この様なギリシャ神話を題材にしたものや、リアルな裸体を描くことが許されることになったのか?
それは、それまで絵画のスポンサーが、教会や国王、貴族といった身分から、商人などの庶民がスポンサーになったことが大きな理由です。
ルネサンス期の、フィレンツェ共和国では、薬売りから銀行家になった家柄のメディチ家が統治していました。
このメディチ家は、プラトン哲学を推奨する新プラトン主義を奨励し、古代ギリシャや古代ローマの芸術作品を集めていました。
メディチ家には、多くの芸術家や人文主義者と呼ばれる人達が集まり、メディチ家自体が、そういった人たちを庇護し、また若い芸術家を育てました。その中の一人が、ボッティチェリです。
この『ヴィーナスの誕生』も、メディチ家三代目当主ロレンツォが注文したものです。
それまでの時代には、絶対存在してはならない絵画、ここに誕生が出来たという奇跡的な記念すべき作品ともいえるのではないでしょうか。
ボッティチェリとは、小さな樽の意味
さて、最後に作者ボッティチェリについても、少しだけご紹介しておきます。
サンドロ・ボッティチェリ
このボッティチェリという名前は、お兄さんがすごく太っていたためにつけられた、「小さな樽」という意味の、あだ名です。
先にも書いたように、メディチ家の庇護によりプラトン哲学を学んだり、古代文明の作品に触れて、『ヴィーナス誕生』や『プリマヴェーラ』の様な古代文明を題材とした作品を作っていきます。
しかしながら、メディチ家がフィレンツェから追放され、狂信的な修道士であるサヴォナローラがフィレンツェを治めるようになると、一気にそれまでスタイルを捨てて、自ら異教の作品として描いた絵画を焼き捨て、キリスト教を主題とした作品に転向し、最後は画家をやめてしまったということです。
まとめ
サンドロ・ボッティチェリ
ルネサンス(再生・復興)の意味
- 古代ギリシャ・古代ローマの文化の再生・復興
- キリスト教一辺倒の絵画からの変化
代表作『ヴィーナスの誕生』とその背景
- それまではギリシャ神話は、異教として絶対に描けなかった題材だが、パトロンが教会だけでなく、メディチ家の様に、商人・庶民がスポンサーとなること、そして、当時流行した新プラトン主義により、この絵画が描ける状況が、奇跡的に出来上がった。
- ギリシャ彫刻を思わせるヴィーナスのS字の体、ややリアルで少し官能的な肉体表現が特徴的
- 兄が太っていたため(小さな樽=ボッティチェリ)
- メディチ家が失脚し、修道士サヴォナローラがフィレンツェを支配すると、一転、それまでのスタイルを捨ててキリスト教の絵画を描くようになる。そして画家廃業
あとがき
個人的には、風や空気感を感じさせる様な絵画が好きなのですが、このヴィーナス誕生は、本当に風を感じさせてくれて好みの絵画です。
ラファエロやダ・ヴィンチと比較してしまうと、ちょっと人体表現に、少しぎこちなさがあるのは否定できませんが、ヴィーナスの髪の毛から、時の女神ホーラへとつながる風の流れは、本当に感動します。
そして、この絵画、最近になって気が付きました。
貝の上で静かにたたずんでいる、裸であることを少し恥ずかしがっている、そんなおしとやかなヴィーナスの姿が描かれているのかと思ったら…
足元をよく見たら、ヴィーナスは既に貝の殻の中から外に足を出しているんですね。
つまり、この絵は、いままさにヴィーナスが陸地に降り立というとしている瞬間を捉えたものですよね(いや、あくまで自説です…)
それにしても、絵画は時代を映すといいますが、ボッティチェリは本当にその通りですよね。
この絵の誕生、そして後の画風、画家を辞めてしまったことも含めて、当時のフィレンツェの様子がうかがえるのではないでしょうか。
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