四字熟語の中で、かっこいい!といえるものを厳選!明鏡止水・知崇礼卑・啐啄同時



四字熟語の中から、座右の銘にしたいような、かっこいいものを厳選しているシリーズです。

このシリーズも、今回で四回目ということで、ご紹介するかっこいい四字熟語も、いよいよ10個を超えることになります。
今までのものは、巻末にリンクを載せていますので、もしも、気になる四字熟語があれば、そちらもご覧ください。

それでは、今回も厳選した3つのかっこいい四字熟語を、ご紹介します。

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明鏡止水(めいきょうしすい)

四字熟語でかっこいいものというと、必ずと言っていいほど挙がってくるのが、この『明鏡止水(めいきょうしすい)』でしょう。
お酒の銘柄にもなっていますよね。

それでは、早速、意味から見ていきましょう。 

何のわだかまりもなく、清らかで澄みきった心境のこと。

注記
「明鏡」は、澄んでいて曇りのない鏡で、「めいけい」とも読む。「止水」は、止まっているように見えるほど静かな水。

【出典:学研四字熟語事典】

一点の曇りもない鏡に、止まっている様な静かな水、そんな邪念・雑念が一つもない澄んだ心境を指している言葉です。



武道や能といった芸事、茶道や華道の様な伝統文化における名人・達人と呼ばれる人達が目指す心境と言ってもよいかもしれません。

武道場などには、この四字熟語がかっこよく額に入ったり、掛け軸などにされて標語の様に掲げられているところもあるのではないでしょうか。

さて、この明鏡止水の語源は、中国の古典『荘子』の徳充符(とくじゅうふ)になります。

魯(ろ)という国に、駘(おうたい)という人物がいました。
この男は前科者でしたが、大変人望厚く、孔子と変わらぬくらいの多くの弟子を抱えていました。

ある時、孔子の弟子の一人が、王駘(おうたい)について問うと、孔子にして「あの方は聖人なのだ。私も教えをこいたいと思っている」と言うので、弟子は驚き、更に質問する中で、孔子が王駘(おうたい)について、次の様に人物像を評しました。

「流れる水は鏡にはならない。静止しているからこそ、姿を映し出すことができるのだ。王駘(おうたい)は、まさに静止した水の様な人物なのだ」

 

知崇礼卑(ちすうれいひ)

次に紹介する、かっこいい四字熟語は、知崇礼卑(ちすうれいひ)です。

これは、あまり一般的には使わない四字熟語なので、初めて聞いたという方も多いかもしれません。

しかしながら、知識のある人で、知者と呼ばれる人が、どうあるべきなのかということを簡潔にズバリと伝える、本当にかっこいい、クールな四字熟語と言えると思います。

それでは、意味を見てみましょう。

本当の知者は知識を得れば得るほど、他人に対してはへりくだって、礼を尽くすものだということ。

▽「知崇」は知能が高くなることで、それによって徳も高まること。
「礼卑」は礼においてはへりくだるということで、それによって人に慕われるということ。
「知ち崇たかく礼れい卑ひくし」と訓読する。

【出典:三省堂 新明解四字熟語辞典】

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という故事がありますが、まさにこれと同じ意味が、知崇礼卑(ちすうれいひ)となります。

知識が少しばかりあるからと、あからさまに周りの物を見下して、ふんぞり返っているような人物は大したことがなく、本当の知者は、知識だけではなく、も身に着けていて、他人に対してきちんと礼を尽くすことが出来る人だということです。

古今東西、こういう人は、常に尊敬される人物ですよね。
あまりこういう人はいないのかもしれません。
まして、自分がどうなのか?と問われると… いや、本当に、恥ずかしくなりますね(苦笑)

肝に銘じたい、そんな四字熟語です。

この四字熟語は、『易経(えききょう)』繋辞(けいじ)上、から来ています。

孔子が語る言葉の中に、智は高く、礼は低いという言葉があるのですが、その高さは、なんと天の高さにならいなさいと言っていて、更に、低きは地を手本にしなさいと説いています。

啐啄同時(そったくどうじ)

次に、かっこいい四字熟語として紹介するのは、啐啄同時(そったくどうじ)ですが、これも、あまり馴染みのある四字熟語ではないかもしれません。

この四字熟語は、他の言葉ではなかなか言い表せない独特な言葉だと思います。そのせいかどうかは、ともかく、一度覚えると、その意味をすごく簡単にイメージすることが出来ます。

意味は、次のとおりです。

またとない好機のこと。
また、学ぼうとする者と教え導く者の息が合って、相通じること。
鳥の雛ひなが卵から出ようと鳴く声と母鳥が外から殻をつつくのが同時であるという意から。

【出典:学研 四字熟語辞典】

何か人に教える立場の人は、この四字熟語は最高にかっこいいものとして映るのではないでしょうか?

教える側と教わる側の、タイミングがあってこそ、その事が通じ相手に伝わるということです。

武道などをやっていると、今まさにこのタイミングで丁度教えるべき技を伝えるということがあります。

教わる側の実力がそぐわないうちに、いくら師範が手鳥足取り教えても、一向にその技が使えるようにはなりません。また、教わる側がいくら教本などを使って、見様見真似で、その技を会得しようとしたところで、いつまで経っても、その技を得ることも上達することもありません。

まさに、ひな鳥が中から殻をつつくのと、それを察知して親鳥が外からつつくのとが同時に行われて初めて、殻が破られるということですよね。

この言葉は、もともとは禅宗から来ている言葉で、碧巌録(へきがんろく)という仏教の書物に書かれている言葉です。

禅宗では、禅問答にみられるように、師匠が修行中の禅僧に成長・気づきを促すようなことを伝えます。この啐啄同時(そったくどうじ)があって初めて悟りも開けるという考え方です。

茶道では、床の間に禅語の掛け軸をかけることが多いですが、この碧巌録(へきがんろく)という禅宗の書物からとられている言葉も非常に多いです。
そんな中の一つが、この啐啄同時(そったくどうじ)です(啐啄だけの場合もあります)

これは、茶会というのは、亭主とお客の互いの呼吸があってこそ…ということなのでしょう。

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あとがき

今回の四字熟語は、それこそ、額に入れて飾っておくと非常にかっこいい四字熟語です。
しかし、実践するのはとても大変な内容です。

明鏡止水、知崇礼卑は、中国の古典の引用も、聖人について記載されている内容からの引用されている四字熟語なんです。

そして、啐啄同時は禅語ですし…

KEN

私の様な凡人には、とてもとても…という感じになってしまう言葉ではあるのですが、でも、この四字熟語には、すごく力があって、何か落ち着きなくバタバタとしている時、ちょっと頭の中で「明鏡止水」と唱えて、静かな水をイメージするだけで、少し心が穏やかになっていくんです。

啐啄同時なども、相手に何かを教えてようとする時、ちょっとだけこのことを意識するだけで、無理やり教え込むのではなく、相手に寄り添った形で適切に教えることができたりします。

もちろん、そんなものが、明鏡止水の心境でもなければ、啐啄同時ができているわけではないのですが、イメージするだけで、ちょっとしたエッセンスとして活かせる、そんな四字熟語だと思います。

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