四面楚歌の意味って?ちょっと悲しい語源を3ステップで!

四面楚歌 (しめんそか) 四字熟語ですね。

四字熟語というと、やっぱり国語の試験を思い出します(笑)

この「 四面楚歌 」って試験で意味が分からなかった時
文字から推測できなくてキライでしたね~・・・

歌が、ついてるのに、全然楽しい意味ではないし(笑)

でも、後になって語源を知って、好きになりました。

「 四面楚歌 」の語源は、古代中国にさかのぼります

ここでは、そんな四面楚歌の意味を
次の3つのステップに分けて、お伝えしたいと思います。

  1. 四字熟語試験問題レベル   (問題に解答さえできればいい!)
  2. 語源レベル             (語源を知りたい!)
  3. ウンチクレベル          (ウンチク語れるくらいに詳しく知りたい!)

自分が知りたいレベルまで、順に見てくださいね。

スポンサーリンク

STEP-1 「四字熟語試験問題」レベル

それでは、まずは学生が試験問題では、こう回答すればOKというレベルです。

四面楚歌の意味

四面楚歌


まわりが全て敵だらけで、味方がなく孤立していること

この言葉は、史記(中国の歴史書)から来ている言葉です。

類義語  :  孤立無援(こりつむえん)

 

STEP-2 「語源」レベル

「 四面楚歌 」の意味はSTEP-1で、分かりましたよね。
では、STEP-2では、「四面楚歌」の語源について見ていきましょう。

四面楚歌の語源 

紀元前およそ200年ごろ、中国では「楚漢戦争」(そかんせんそう)が起こっていました。

92e4ebfdfb982a2971d299eb189e5a7d_s

西楚という国の覇王「 項羽 こうう 」と
漢という国の王「 劉邦 りゅうほう
の戦いです。

ちなみに、この楚漢戦争は、「項羽と劉邦というタイトルで、小説や漫画、それからテレビでドラマにもなっています。 

 
劣勢に立っていた、楚の項羽は、垓下(がいか)という場所に陣を張りました。

優勢に立つ、漢軍は圧倒的な軍勢で、楚の陣の周りを取り囲みます。

 

ある夜ふけ、陣を取り囲む漢軍から、楚の国の歌が聞こえてきました。
 
この歌を聞いて、楚の多くの将兵が涙をながし、望郷の想いにふけりました。

そして、ある者は故郷に帰る為に脱走し、またある者は、負けを認めて
漢に投降していきました。

こうして、ほとんど将兵が、項羽のもとを去っていったのです。

寝ていた項羽も、この歌が耳に入り起きてきます。

すると、陣を囲む四方から、漢軍が楚の歌を歌っています

そして、味方が、ほとんど陣にいないことを知ります。

 四面楚歌の「 四面 」とは、楚軍の陣地の周囲、全ての面の事です。
 四面楚歌の「 楚歌 」とは、漢軍が歌った、楚の歌です。

これが、四面楚歌の語源です。

スポンサーリンク

STEP-3 「ウンチク」レベル

さて、最後のレベルです。
  
この語源、最初聞いたとき、ちょっと違和感を感じました。
いくらなんでも、「故郷の歌」 が流れただけで、そんなに??(笑)

でも、これには、理由があります。

四面楚歌の前にすでに勝負はあった!?

四面楚歌の舞台となる、楚漢戦争の垓下(がいか)の戦いですが、実は、この時には、楚漢戦争の大勢は決まっていました。

楚軍は、この前の戦いで、漢軍に致命的な大敗をしています。

また、垓下に陣を張ったとき、兵糧攻めにもあっていました
( 兵糧攻め : 食料や武器の補充をさせない)

楚の歌が流れる前、すでに食料もつきて、兵士達は、すでに戦う気力を失っていたんですね。

この作戦を考えたのが、漢軍の天才的な将軍 韓信(かんしん) とも、参謀の 張良(ちょうりょう)とも言われています。

おそらく歌も、楚から寝返った兵などに歌わせたりしていたのでしょう。
楚の国の人間でなければ出せない「なまりなどの特徴」があったのではないでしょうか?

そんな仲間からの歌は、郷愁の念というよりは、ある意味で「降参」を呼びかけているのに近かったようにも思えます。

この垓下の戦いでは、もう一つ有名な話があります。

それが「虞美人草」(ぐびじんそう)にまつわる話しです。

虞美人草(ぐびじんそう) ひなげしの花

虞美人草(ぐびじんそう)という花をご存知でしょうか?
 「ひなげし」とも呼ばれている花です。

0d0ed929c4cde204544e764bcedb0cad_s

実は、この花の語源が、項羽の妻(正式に妻だったかは不明)で 虞美人(ぐびじん)にまつわる伝説からきています。

その伝説では・・・

この虞美人、四面楚歌のあった垓下で、項羽の足手まといになるのならと自害してしまいます。
 

項羽は垓下を去る前に、虞美人を埋葬しました。

そこに一輪のひなげしが咲き、土地の者が、故人をしのんで
虞美人草」と呼ぶようになったという

ちなみに、自害してしまったかどうかは、史記からは分かりません。
後の時代の物語として、作られたものの可能性が高いようです。

虞(ぐ) は、中国四大美人の一人です。

  • 楊貴妃(ようきひ)
  • 虞(ぐ)
  • 王昭君(おうしょうくん)
  • 西施(せいし)

※ 虞(ぐ)の代わりに 貂蝉(ちょうせん)としているものもあるが、 貂蝉は実在の人物ではないとされる

虞美人草、美しい花ですが、少し切なさも感じさせるような花ですよね。

最後に、史記の項羽本紀にある四面楚歌の原文を載せておきます

史記・四面楚歌(原文)

項王軍壁垓下。兵少食盡。漢軍及諸侯兵圍之數重。
夜聞漢軍四面皆楚歌、
項王乃大驚曰、漢皆已得楚乎。
是何楚人之多也。項王則夜起飮帳中。

有美人、名虞、常幸從。駿馬、名騅、常騎之。

【訳文】
項王の軍は垓下に陣を張った。 兵士はすでに少なくなり、食料もも尽き果てた。
漢の軍とそれに従う軍の兵が、楚の陣の周りを何重にも囲んでいる。

夜、漢の軍から楚の国の歌が聞こえたので、項王はとても驚いた。
そして、「楚は、もう漢の手中にいるのだな、それにしても、なんと楚の人々が多いことか。」 と嘆いた。

項王は、起きて天幕の中で酒を飲んだ。
そばには、美人がいる名前は虞(ぐ)という。
常に寵愛され項王のそばにいた。

名を騅(すい)という駿馬がいて、項王はいつもこれに騎乗する。

あとがき

この四面楚歌、本当に好きな四字熟語です。
やはり、このドラマ性があるのがいいんでしょうね。084160

 今でも使われ続けているというのは、あのイヤだった学校教育の賜物ですかね(笑)

それにしても、伏線があったとは言え、多くの将兵を投降させた「楚の歌」 どんな歌か、
すごく気になりました。

「ああ九月秋深く雁は空を飛んでいく ああ誰がために故郷を遠く離れる ああ老母は朝な夕なに我が子の帰りを待ちわびる ああ糧尽き援途絶えるなのにどうして我ら故郷に帰らざる」

この歌、 項羽と劉邦の漫画などに、よく書かれているものです。

ただ、本当にこの歌かどうかは、史実としては判明していないようです。
一体どんな歌だったんでしょうね?

こんなところにも歴史の浪漫を感じます(笑)

  

スポンサーリンク

                                                               

   

「四面楚歌の意味って?ちょっと悲しい語源を3ステップで!」への1件のフィードバック

  1.  古代中国に日本は含まれていたのでは?
    この4字は自分個人の事を歌っている様です。キリストには弟子や信者が数多いるが迫害は敵対者サタンの存在から。因果さまざまな国や個人グループの対立抗戦は避けられないが「正しい者は勝つ、は摂理と信じ嘗ては悪魔児とも思えた自らの更生にも励むべき限りなき命

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です