新劇場版 破 ヱヴァンゲリヲン シンジの暴走 そして絶望              (20.不条理と若者の暴走 )


この内容は完全にネタバレになります。
映画をまだ見ていないという方は注意願います。


前回は、エヴァ3号機の暴走(実は第9使徒)により、レイの食事会が中止、シンジが初号機で、使徒(アスカの乗るエヴァ3号機)と対峙するも戦えず、ゲンドウの指揮のもと初号機を強制的にダミーシステムに切り替えて操作。
何もできないシンジの目の前で、アスカの乗るエントリープラグを破壊するというシーンまででした。

今回は、その事に対して怒るシンジ、そして、いつもの心象風景(電車)のシーンになります。

前回分をご覧になっていない方は、是非、ご覧ください。

【前回】新劇場版 破 ヱヴァンゲリヲン エヴァ3号機(第9使徒)  (19.戦わないシンジ )

シンジの怒り そして 絶望

シンジの暴走

ミサト
「生きてる… 加持」

加持
「よかったな葛城」

ミサト
「リツコは?」

加持
「心配ない、君よりは軽症だ」

ミサト
「そう…… !? アスカは?エヴァ3号機は?」

加持
「使徒として処理されたそうだ、初号機に」

ミサト
「え!?」

マヤ
「初号機の連動回路、カットされました」

冬月
「射出信号は?」

マヤ
「プラグ側からロックされています」

シゲル
「まさに籠城だな」

マコト
「やめろシンジくん!自分が何をしているか考えてみろ!」

シンジ
「そんなこと言って、これ以上僕を怒らせないでよ。初号機に残されているあと285秒、これだけあれば本部の半分は壊せるよ」

シゲル
「今の彼なら、やりかねませんね」

マヤ
「シンジくん!話を聞いて!碇司令の判断がなければ、あなたがやられていたかもしれないのよ!」

シンジ
「そんなの関係ないよ!」

マコト
「だが、それが事実だ」

シンジ
「そんなの関係ないって言ってるでしょう!父さんは、あいつはアスカを殺そうとしたんだ。この僕の手で!なんで!なんで!なんでなんだよ!! 父さんは何も分かってないんだ!信じた僕がバカだったんだ!父さんも、大切な人を失えばいいんだ!そしたら分かるよ!」

ゲンドウ
「L.C.L.圧縮濃度を限界まで上げろ」

マヤ
「え!?」

ゲンドウ
「子供の駄々に付き合ってる暇はない」

シンジ
「まだ直轄回路が残って、うほっ!… ちくしょう…ちくしょう…ちくしょう…」

 稼働時間…?

ダミーシステムを使って操縦系統を奪われたシンジは、使徒とはいえ自分の乗る初号機でアスカを倒してしまったことに怒り心頭の状態で、ネルフ本部のピラミッド状の建物の上に乗っています。

最初に、このシーンを見た時「あれ?ダミーシステムはどうした?なぜシンジが、また初号機を操縦できてるんだ?」と不思議でした。

改めて見直してみると、ダミーシステムというのは、それ自体に稼働時間があって使えなくなってしまうというもの。

つまり、アンビリカルケーブルというケーブルを外した状態(つまりバッテリー稼働といったようなもの)での稼働限界時間だけでなく、もう一つ稼働限界時間があるという設定。どう考えてもポンコツなシステムです。

飛行機でいえば、オートパイロット(自動操縦)のシステムに稼働限界時間があり、時間が経過すると勝手に外れてしまい、パイロットが操縦しなければならなくなるというシステム。

ダミーシステム自体が電源を必要として、その消費電力によってエヴァの稼働時間が通常より短くなるというのなら分かりますが…。
ちょっとここのシーンは、話の展開として必要なのはよく理解できますが、設定自体がムリヤリすぎて少し気持ちが入っていけませんでした。

 そんなの関係ないよ

このシーンで使われる「そんなの関係ないよ!」というセリフ、シンジは2回言います。
大人たちが理性的に、仕方のないことだと説得しても聞く耳をもたない拒絶として使われるセリフです。

心理学的に言うと、拒絶は自己防衛の手段です。
アスカについての怒りによる行動を正当化させる、手段として理性的に語りかけてくる行動そのものを拒絶しています。

つまりシンジは、怒りに身を任せたままにしておかなければならず、少しでも理性的に考え、使徒化してしまったエヴァ3号機は倒さなければ自分がやられるだけでなく、サードインパクトを引き起こし人類そのものが滅んでしまうということまで頭を回らせること、そのものを拒絶しています。

そして、この理性的に全体を捉えていないシンジは、もともとアスカに「なんのためにエヴァに乗るか?」で、「父さんに褒められたい」と答えて「あんたって本当にバカね」と言われています。
このアスカのバカはイコール子供(バカ=子供)の事で、理性的に行動できないシンジを指して使われています。

 どうすればよかったのか?

このシーンについては、大人が見ると色々と考えさせられるのではないでしょうか?
ゲンドウの行動は理解もしつつも、あのやり方は、子供には酷だ…とか、そもそもシンジを出撃させるべきではなかったとか、様々な意見があるかと思います。

皆さんは、どう思うでしょうか?
そんな問いかけをしてくるシーンですよね。

私個人の意見としては、というより、私がゲンドウの立場だったら、シンジに、使徒を倒してエントリープラグ(つまりアスカ)を救い出せと命令したいですね。
ただ、浸食タイプの使徒という設定にしているのは、それが出来ないということが前提になっているのかもしれませんね。

 心象風景(電車のシーン)

レイ
「碇くん、いつもそれ聞いてるのね」

シンジ
「うん、これ昔、父さんが使っていたものなんだ。

幼少の頃のシンジ
綾波の眼鏡と同じだよ… 」

シンジ
「けどもういらなくなって、置いていったものなんだ」

幼少の頃のシンジ
「僕と同じだよ」

シンジ
「先生のところにおいてあったのを、僕がもらったんだ。耳を塞ぐと心も塞がるんだ 。嫌な世界と触れ合わなくてすむからね」

レイ
「嫌な世界?」

シンジ
「そうさ、嫌いな父さんがいる世界、怖い使徒やエヴァのいる世界、辛いことをやらされる世界、ダミーがあれば父さんも僕のいらない世界、僕も友達も傷つく世界……。
でもいいこともあったんだ、けど結局は壊れてしまう、嫌な世界さ、もう捨てるんだ。
これしていると、父さんが僕を嫌な世界から守ってくれると思ってたんだ… 僕の勝手な思い込みさ」

レイ
「碇くんは分かろうとしたの?お父さんを」

シンジ
「分かろうとした」

レイ
「何もしなかったんじゃないの?」

シンジ
「分かろうとしたんだよ!悪いのは父さんだ、僕を見捨てた父さんじゃないか!!」

幼少の頃のシンジ
「そうやって、嫌なことからまた逃げ出してるんだ」

シンジ
「いいじゃないか!嫌なことから逃げ出して、何が悪いんだよ!!」

シンジ
「は!…… またここだ、もう嫌だ」

 母との対話 自分との対話

この心象風景は、深層心理を表していますが、もっと言えばユングの集合的無意識まで行っている世界として表現しるように思えます。

集合的無意識とは人類が共通で持つ記憶の事ですが、それを拡大解釈するとすでに亡くなっている人や、幼かった頃の自分とも理解しあえる領域が深層心理の奥の集合的無意識の領域であるとも言えます。

シンジは、夢の中で見る電車の中で、レイの姿を通して母と、そして幼かった頃の自分と対話をしています。

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【前回】新劇場版 破 ヱヴァンゲリヲン エヴァ3号機(第9使徒)  (19.戦わないシンジ )

【次回】新劇場版 破 ヱヴァンゲリヲン 救出されるアスカ、ネルフを去るシンジ  (21.再び心を閉ざす )


  

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